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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

ガンダムAGEの5話、6話を作り直す 下


 フリットとデシルの前方、数百メートル先にUEの3機編隊が降り立った。戦ったことのある紺色のトカゲ型が2機。もう1機は灰色がかった、うす緑色の装甲をしていた。はじめて見るタイプだ。
 ビルの陰になって見にくいが、UEは、離れて展開していたザラム・エウバの両軍に戦いを挑んでいるようだった。大きな爆発音が体ごと空気をふるわせた。いくつかのビルから火の手があがった。
 フリットは、AGEデバイスをジャケットの裏から取り出した。ディーヴァの整備班室、バルガスとの通信をこころみた。
 数秒の後、デバイスの小さなディスプレイに、バルガスの顔が映しだされた。
 「フリット! どうした! デバイスから直接、通信してくるとは――」
 「UEだ!」フリットはいった。「コロニーに侵入されている! MSが3体! そちらに情報は!?」
 「なんじゃとっ!? こっちでは、なんともいうとらんぞ!」
 「戦争ごっこなんかしているからだ……。このままでは、このコロニーも“ノーラ”の二の舞だ。ガンダムで迎撃する! ディーヴァからコロニーのなかに、ガンダムを打ちだしてくれ!」
 コロニーは、巨大な円筒を回転させることで、遠心力によって重力を生みだしている。そのため、中心部は無重力に近くなる。そこにMSを打ちだそうというのだ。
 が、バルガスは頭をふった。
 「む、無理じゃ! ディーヴァは自治勢力の監視がきびしくて、とてもコロニーは入れん。入れたとしても時間がかかる。ガンダムを単体で打ちだすにしても推力が足りん……」
 フリットは、しばし考えていった。「……ブースターだ」
 宇宙における高速戦闘・長距離移動を想定してつくられた、ガンダムの脚部に追加装着する大型スラスター――“レッグブースター”。シミュレーターの結果が思わしくなく、眠ったままになっていたパーツだった。
 「レッグブースターをつかおう。あれでコロニーの重力をふり切るんだ。あとは軌道計算さえ間違わなければ、コロニーのどんな場所にでもガンダムを打ち出せるはずだ」
 「むう……」バルガスは、思案するといった。「わかった。計算させよう。じゃが、降下位置はどうする? UEに近いと、迎撃されるおそれがあるぞ」
 UEがほかにひそんでいても、無防備なガンダムを迎撃される可能性がある。しかし、コロニーを守るには、賭けに出るしかない。
 「わかっている。降下ポイントは、デバイスで追って指示するよ!」
 「よし。ブリッジには、こちらから報告しておく。……が、フリット、無茶はするなよ。無理だと思ったら、すぐディーヴァに合流するんじゃぞ!」
 「ありがとう、バルガス!」
 フリットは通信をきった。
 * * *
 前方、500メートル先にUEがいる。そこからずっと先に、ディーヴァの泊まる港がある。ガンダムを安全に降下させるなら、UEから数百メートル以上、港のほうに行ったところだ。でなければ、迎撃される可能性が高くなる。
 そこまで距離にして約1.5キロメートル。途上では、コロニー側のMSとUEが戦っていた。が、やるしかない。
 「フリット、これはつかえるんじゃない?」
 デシルがキックスケーターを引いてきた。ふたりまで乗れる、小型エンジンがついたタイプだ。男の子の間で人気があった。簡単な改造で、バイク並みのスピードを出せるのがその理由だ。これは改造済みのものらしい。
 盗んだものとしか思えなかった。が、今は言っていられない。
 「さあ、のって!」デシルはスケーターのハンドルを握るといった。
 「ありがとう!」
 フリットは、AGEデバイスをポケットにつっこむと、スケーターの後ろに乗った。
 * * *
 ディーヴァ所属、MS隊のラーガンは、MSジェノアスのコックピットにいた。かたわらには2本の松葉杖が固定されている。足の骨折は、まだなおっていない。しかし、MSを動かすことぐらいならできた。
 ラーガンのジェノアスは、港の直下にある空港へむかって大型エレベーターをおりていた。
 空港は自治勢力の管轄だ。しかし、なかには連邦専用の滑走路と打ちあげ台がある。それを利用するのは当然の権利のはずだ。が、もしものために出動した。
 となりで動いているエレベーターには、大型トレイラーにのせられたガンダムがのっている。発射台までガンダムの操縦を任されたディケは、緊張していることだろう。
 ジェノアスは、右手に持つビームスプレーガンを、わかりやすく両手で胸のまえに持ちかえた。
 《変な抵抗はしないでくれよ……》ラーガンは思った。戦闘になれば、逃げださなくてはいけないのは、こちらのほうだからだ。
 * * *
 デシルが操るエンジンつきのキックスケーターは、かん高い音を立てながらビルの谷間を駆けぬけた。フリットは振り落とされまいと、デシルの腰にしがみついた。
 うす緑色をしたUEのMSが近づいた。巨大だ。MSガフランより一回りも二回りも大きい。ガンダムのコックピットから見た印象とのちがいもあるかもしれない。デシルは、その脚と脚の間を最短距離で通りぬけようとしていた。
 「あぶないよ!」フリットはいった。
 「あぶなくないよ!」デシルはこたえた。
 デシルの危ない基準を聞いてみたいものだが、その余裕はなかった。
 MSは、小さなスケーターを狙ってはいない。が、フリットたちの頭上では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
 ザラムのMSジラがUEに向かってマシンガンを撃った。しかし、弾は、装甲にわずかなかすり傷をつけるのがやっとだった。
 UEは左手をかまえ、内蔵されたビームバルカンを撃った。ジラは、光の砲弾で装甲を穴だらけにされて爆発した。フリットたちの体は一瞬、爆風で空に浮かんだ。
 「いくぞっ!」デシルは、かまわずスピードをあげた。
 巨大な柱のようにそびえるMSの2本の脚を、スケーターはぬうように駆けぬけた。
 大きなロータリーの広場が見えた。指定したガンダムの降下位置だ。
 フリットは空を見あげた。コロニーの雲にかすんで、ガンダムの白い機体がみえた。ガンダムは見る間に近づいた。上空で向きを変え、フリットたちの方におりてきた。
 白い機体がはっきりと見える。両足のブースターが切り離された。ブースターは空中で横に広がり、機体に遅れて落ちてきた。
 フリットの約100メートル先に、ガンダムがおりたった。全身の関節をつかい、衝撃を最小に抑えた着地だ。それでも地面がゆれた。
 遅れて、広場の道路にブースターが落ちた。激しい音が鳴った。が、建物には当たらない。計算された軌道だった。
 「港に逃げるんだ!」フリットは、デシルにいった。命令を待つようにひざをつくガンダムに向かって駆けだした。
 ガンダムの胸部から伸びるワイヤーに足をかけた。ワイヤーが巻きあげられる。胸の下にある開閉レバーを操作すると、胸部の装甲が上に大きく開いた。フリットは、コックピットに踊りこんだ。
 * * *
 うす緑色の装甲をした、ヴェイガンの新型MS――バクト。コックピットには、若い男が乗っていた。
 ヴェイガンで共通する、生物的な意匠のパイロットスーツを着ていた。ヘルメットを外して、女のような整った顔が出ていた。腰までありそうな長い髪を、うなじでまとめている。女性らしさと野性味が混じったような男だった。
 男は、サブカメラが追っている映像をチラと見た。キックスケーターに、ふたりの少年が乗っている。戦っているMSバクトの足元を通りぬけようというのだ。気が狂っているのだろう。
 スケーターを操っている少年を知っている。デシル・ガレットだ。デシルは、カメラの位置がわかっているかのように、モニター越しにこちらを見た。小さな白い顔が生意気だ。
 デシルの口元が動いた。何を言っているのか。音までは聞こえないが、唇の動きで読めた。
 《ジェラーか?》
 ――そうだ。ジェラー・アシットだ。
 デシルが来るまで、地球方面軍のエースと目されていた男だ。どんな命令でも冷徹にこなし、どんな敵でも撃墜する最強のパイロット。今では「最強の」とはいわれない。デシルが来てからだ。
 《ふざけやがって……。あのガキ》ジェラーは、モニターのデシルをにらんだ。
 デシルのスケーターが、MSバクトの足元を駆けぬけていった。ねずみのようだ。
 《――踏みつけてやろうか》ジェラーは思った。
 が、そこまですることはない。抵抗するMSを片付け、命令どおりコロニーに大穴を空けてやれば同じことだ。たとえデシルでも、真空からは逃げられまい。
 「フッ……」思わず笑った。
 うまくいっている。すべて思い通りだった。
 だからこそ、新型MSバクトのテストを兼ねた実戦に志願した。バクトは、現存するMSのなかで間違いなく最強だった。
 憎くてたまらないデシルも、数百万人の敵の命も、今やこの手のなかにある。万能の神にでもなった気分だ。
 そんな気分になるのも、単なる偶然ではないのかもしれない。
 いにしえの人々が信じたという神は、自らの姿に似せて人間をつくったという。もちろん、そんなものは信じてない。
 が、案外、神は、ジェラーのような姿をしていたのではないだろうか。よもや、不細工ではあるまい。ジェラーは容姿には自信があった。
 とはいえ、自分が万物を創造したなどとは言わない。そんなことを言えば変なやつだ。しかし、ここにある万物の生死をつかさどっているのは現実だ。
 やはり、不思議な運命を感じた。
 ジェラーは神ではない。とんでもないことだ。
 ――しかし、神の使いだ。
 恐れよ。無力で、愚かな人間ども。神の使いが、お前たちに最期の審判を下そうとしている。
 * * *
 フリットは、コックピット中央のコンソールにAGEデバイスを差しこんだ。前面のパネルが光った。ガンダムの両目がコバルトグリーンに輝いた。
 ガンダムは立ち上がった。
 背中に取り付けられたウェポンフォルダーには、全長よりも大きなドッズランチャーが、しっかり固定されていた。フリットがフォルダーを外すと、ランチャーは地面に落ちた。銃口でアスファルトに穴を開けると、重そうに倒れた。
 ガンダムは、両手でランチャーを拾い上げようとした。が、大きすぎてバランスが取りにくい。やはり重力下の運用にはむいていなかった。とはいえ、今のところ、武器らしい武器はこれしかない。
 ピピピッ! ――レーダーが高速で近づくMS2体を捉えた。
 UEの紺色をしたMS――ガフランだ。
 「お前たちの好きにさせるか!」
 フリットのガンダムは、ランチャーを担ごうとした。コロニー内であっても、到達距離を最短にして角度に注意を払えば、被害を出さずに撃てるはずだ。が、ランチャーは重くて、腰より上に持ちあがらなかった。
 ガフランが近づいた。右手の掌から光る剣――ビームサーベルを伸ばして斬りかかった。
 ガンダムは、片ひざをつき中腰でランチャーをかまえた。狙いをつけ、角度を調節する。
 目の前に光る刃がきた。トリガーを引きしぼった。
 びりびりと機体を震わせながら、巨大な光の束が地面すれすれから斜め上に向かって飛び出した。
 ガフランは、ほぼゼロ距離でランチャーの一撃を両脚に受けた。両脚を熱線で消し飛ばされた。類爆を防ぐため、自ら下半身を切り捨てる。上半身だけで、ガンダムの横を飛ぶようにすり抜けていった。ビルを覆うコンクリート壁に、勢いよく衝突した。
 もう1機のガフランが、ビームサーベルを振り下ろした。ガンダムはランチャーを手放すと、後ろに飛びのいた。
 ガフランは、さらに斬り上げようとした。
 が、ガンダムは、その手を右手でつかんだ。すかさず左手を伸ばし、ガフランの首を押さえつける。そのまま、背中から地面に押したおした。
 フリットは、ガンダムの左手に力を入れた。左手が全体重をかけて、ガフランの首を絞めあげる。関節に負荷がかかりすぎているとシステムが警告した。それを無視して、なおも力を入れた。
 ギギギッ……! 装甲がきしむ嫌な音がした。ガフランは反撃のため、空いている左手からビームバルカンを放った。至近距離で、光の弾丸が雨のように叩きつけられる。が、爆煙のなか、ガンダムは無傷だった。
 バキッ! 首のシャフトが折れた。ガフランは、運動経路を断たれ、力が抜けたように動かなくなった。
 「はぁっ……! はぁっ……!」フリットは、肩で息をした。
 戦いの興奮で全身に汗をかいていた。しかし、体は、濡れた毛布で包まれたように寒かった。
 両脚を失って這いつくばっていたガフランが、上半身だけでよろよろと立ちあがろうとした。体を起こし、ゆっくり空に浮かびあがった。トカゲに似た不完全な飛行形態へと変形した。退却しようというのだ。
 《あれを追えば、進入経路や母艦の位置がわかるかもしれない》フリットは思った。
 が、つぎの瞬間、空を一直線に切り裂く光の束がガフランに命中した。ガフランは爆音とともに、破片を撒き散らす光の球になった。
 「なんだっ!?」
 つぎに、足元でたおれるガフランを光線がつらぬいた。ガフランは一瞬、引きつったように動くと、内部から爆散した。フリットのガンダムは飛びのいた。が、爆風で体勢を崩し、片ひざをついた。
 光の飛んできた方向を見た。UEのうす緑色のMS――バクトが甲殻類のような飛行形態で空に浮かんでいた。
 * * *
 ヴェイガンの新型MSバクトのコックピットで、ジェラーはつぶやいた。
 「大破以上は撃墜――」ヴェイガンにおけるパイロットの“掟”だ。
 味方のガフランを撃墜したのは、なにも勝手にやったことではない。ヴェイガンにはMSの機密保持を優先するため、大破した機体はパイロットともども上官が撃墜してよいという決まりがある。
 味方機を撃墜する基準は、システムと人間の目による。とはいえ、システムが常に正しく動作するとは限らない。パイロットのなかには自爆を恐れ、自らシステムを切る不届き者もいた。そんなときは、上官が自ら手を汚した。
 とはいえ、ヴェイガンのMSが破壊されることは稀だった。このガンダムが現れるまでは――。
 バクトは、ゆっくりと地上に近づいた。甲殻類の姿から、なめらかな動きで人型に変形した。
 ジェラーは、モニターに映る白いMSを見た。片ひざをついて、重そうな重火器をかまえている。
 「ガンダム……。デシルが言っていたのは、こいつか」
 デシルのMSゼダスを、パワーでは上回っていたという。
 ヴェイガンのMSは、飛行形態をもつために重量が軽い。必然、格闘戦には弱かった。しかし、バクトは、その弱点である近接戦を強化した機体だった。パワーだけならゼダスを上回っている。なにより、本当の強さはそこではない。
 ガンダムが威嚇するようにランチャーをかまえた。
 「いいだろう。撃たせてやる……」ジェラーのバクトは両腕を広げてみせた。
 ガンダムはためらっているのか、撃とうとしない。
 「ならば、撃ちやすいよう、近づいてやろうか」
 バクトは、ゆっくりと歩いた。
 * * *
 「近づくな! 今すぐ、ここを去れ!」フリットは、外部スピーカーで叫んだ。
 MSバクトは、かまわずに歩いて近づいた。やはり、MSガフランより一回り大きい。威圧感があった。
 「動くな! 撃つぞ!」
 バクトは、むしろ速度を上げ――走った。接近戦を挑もうというのだ。
 「撃つ!」フリットは一拍おいて――トリガーを絞った。
 ランチャーの銃口から巨大な光の束が放たれた。バクトの胴体に命中した。が、光は八方に飛び散って消えた。油にはじかれる水のようだった。
 「なんだ!?」フリットは、さらに狙いをつけて撃った。
 今度は、体の前で交差する腕に当たった。が、またはじかれた。はじけた光線のひとつが肩に当たると、再び八方に飛び散った。まるで花火だ。
 「効かないのか!?」
 ガンダムは、ランチャーを手放すと飛びのいた。バクトのビームサーベルが、その場をないだ。ランチャーは真っ二つに斬られ、地面に落ちた。
 フリットは、一瞬の隙にアナライザーを起動させた。解析結果が、すぐモニターに表示される。肝心の装甲強度については《不明》。しかし、なんらかの“対ビームコーティング”がなされていると推測された。
 ガフランの腕には、ビームシールドが内蔵されていた。しかし、こいつはちがう。新しい技術のようだ。
 《UEの技術はどこまで進んでいるんだ……》フリットは驚いた。
 * * *
 バクトのまえに、金色に輝く光線がせまった。直撃だ。コックピットが光に包まれた。
 が、爆発はない。ガンダムの放ったビーム砲は、バクトの装甲のうえをすべるようにはじかれていった。
 「電磁フィールド……。想像以上の効果じゃないか」ジェラーはいった。
 戦艦の主砲なみの威力という主武装はつぶした。
 《デシルが返り討ちにあったというが、恐るるに足りん》
 あと、ガンダムにできるのは格闘戦だけのはずだ。しかし、このバクトが、もっとも得意とするものが近接戦だった。
 「来い、ガンダム。俺の手で引導をわたしてやる!」
 戦いは、流れをつかんだものが勝つ。少しばかり技術や勘がよかろうと関係ない。ジェラーは流れをつかんでいた。
 * * *
 フリットのガンダムは、腰のウェポンバックに右手をそえた。ビームナイフの白い柄が飛び出す。すばやくつかんだ。
 近接戦にいくしかない。
 ビーム系兵器をはじく特殊な装甲とはいえ、長い時間、数千度を超える熱量を当てて、まったく傷がつかないことはないはずだ。街への被害も抑えられる。
 ガンダムは、バクトに向かって走った。右手を突き出す。光の剣が現れた。
 が、右手は、バクトの手につかまれた。握力で、ビームナイフの柄が落ちた。
 「攻撃が直線的すぎたか!」フリットはいった。
 すかさず、左の拳をバクトの顔面に叩きつけようとした。が、その拳もつかまれた。
 ガンダムは、バクトと力比べをするような体勢になった。
 黒いMS――ゼダスとの戦いで、パワーではガンダムが勝った。が、今回は、いくら押しても動かない。むしろ押されていく。体勢が悪いせいだ。
 システムが警告音を発する。――バギンッ! と、嫌な音がして、バクトにつかまれた左手が握りつぶされていた。
 バクトの胸にある六角形の頂点についた穴が光った。
 「何をするつもりだ!?」
 フリットは、モニターに目を走らせた。アナライザーの解析によると、6つの穴はビーム系兵器の射出口であると推測された。
 「逃げないとっ……!」が、両腕は、まったく動かない。
 ガンダムは後ろに倒れ込むようにして、つかまれた両腕を引いた。バクトとともに体勢を崩した。
 地面に倒れこみそうになると、右脚を引いてバランスをとった。前のめりになったバクトの胴体に、左ひざを突き立てた。
 装甲と装甲がぶつかる激しい衝撃。バクトが後ろに大きくのけぞった。つかんでいた両手をはなした。
 ガンダムの左ひざの装甲がひしゃげた。が、バクトの胸の装甲は、それ以上にゆがんでいた。
 * * *
 バクトは、後ろにはじき飛ばされた。コックピットが、ミキサーのようにゆれた。パイロットを守るエアバックが四方からふくらんだ。たたらを踏んだが、もちこたえた。
 「こいつっ! なんて動きだ!」ジェラーはいった。
 パワーだけではない。重力下で、こんな動きをするMSは見たことがない。
 モニターに目を落とす。エネルギーの充填が完了したとの表示があった。
 「死ねぇっ!!」ジェラーは、操縦桿のトリガーを一気に引いた。
 バクトの胸にある6つの穴から、6本の巨大な光る角――“ビームクロー”が飛びだした。

 「――くる!」フリットは一瞬、先読みした。
 ガンダムは体をねじると、光る6本の角をギリギリで避けた。胸の装甲が溶けて、3本の爪あとができた。
 すぐさま体勢を立てなおす。しゃがみ込むと、落ちていたビームナイフの柄をつかんだ。少しの無駄もない動きだ。フリットの手がけたシステムによって、戦闘以外の動きでも、人間のようになめらかだった。
 ガンダムは、バクトにむかって駆けだした。獲物を見つけた肉食獣の動きだ。
 右手を突きだした。光る刃がのびる。
 光の刃は、バクトの胸にやすやすと突き刺さった。
 ビームは、はじかれない。損傷によって、コーティングが消えたのか。
 が、ナイフの短いリーチではバクトをつらぬけなかった。反撃を警戒し、ガンダムは、すぐに飛びのいた。
 バクトは立ち尽くしていた。不意に、胸の攻撃ユニットが胴体からゆっくりとはずれた。轟音をたてて地面に落ちた。ユニットは、内部から光をもらすと爆散した。炎のかたまりが、アスファルトを溶かしていった。
 * * *
 身体の前面に穴があいたようになったバクトは、重さを感じさせず、ふわりと浮かびあがった。近くにあるビルの屋上に着地した。
 眼下にガンダムを見た。背中にある尻尾のような大型ビームキャノンを曲げて肩に担いだ。
 「最大出力で、街ごと吹き飛ばしてやるっ……!」ジェラーはいった。
 報告によれば、あの白い機体には、デシルと同じぐらいの子供が乗っているという。しかも、デシルとはちがって、戦いの素人らしかった。
 デシル――やつのせいで、俺はこんな目にあっている。
 頭に、痛いほど血が流れた。切れ長の目が見開かれる。
 「生意気なガキがぁっ! ぶっ殺してやるっ!」
 ――不意に、視界のすみに小さな人影が見えた。ここより低いビルの屋上に子供がいる。嘘のように、あざやかな赤い髪をしていた。小さな白い顔が、こちらを見すえている。
 見ていたのか。この戦いを。上から。すべて。
 デシルは、ジェラーを見て――笑った。
 「デシルーッ!! ふざけやがってえぇぇっ!!」
 ジェラーがトリガーを引こうとしたとき――通信が入った。モニターの小さなウィンドウに、方面司令官のギーラ・ゾイが映った。傍受の危険をおかしてまで、なんだというのだ。
 「ジェラー。作戦は中止だ。今すぐ退却しろ」
 「なっ、なぜだっ!?」ジェラーはモニターに顔をよせた。「もう少しで、あっ、あのガキをっ……!」
 「熱くなるな」ギーラは何事もなかったようにいった。「お前は、デシルとはちがう」
 ――そうだ。俺は、あんなふざけたガキとはちがう。それに、目の前にいる敵は、デシルではない……。
 「も、申し訳ありません。……司令」
 「よい。ガンダムと戦闘になることは想定外だった。大きいだけのコロニーなど、いつでも落とせる。今は、バクトの回収を優先する」
 「……はい」
 ジェラーは、モニターに映る足下のガンダムを見た。攻撃にそなえ、いつでも動けるよう腰を落としている。
 つぎに、デシルのほうを見た。デシルは、もういなかった。
 「……ふん」
 ジェラーのバクトは、ゆっくりと浮かび上がった。甲殻類のような姿に、あざやかに変形した。
 * * *
 UEのMSバクトは飛行形態になって、空に浮かびあがった。すうすうと速度をあげると、あっという間に見えなくなった。
 突然、ガンダムを取り囲むように、複数のMSがビル陰からあらわれた。UEではない。自治勢力ザラムのMSジラだ。
 「連邦の新型か? 見たことがねえな……」1体のMSがまえに出た。外部スピーカーからガラ声を発した。
 まわりを護衛するように囲んでいるジラとは装備がちがう。頭部には角のようなアンテナが生えていた。司令官だろう。
 角のあるMSはいった。
 「俺は、ザラムの首領ドン・ボヤージだ。そこの白いMS。よくも、ザラムの街で暴れてくれたな」
 「……街なかで戦争をするような人たちに、言われたくはありません」フリットはいった。
 「フハハハハッ! おもしろいやつだ。――が、こちらには、こちらの法律がある。連邦軍だろうが、なんだろうが、このファーデーンにいる以上、ザラムの法には従ってもらう」
 「あ、あなたたちは……!」フリットは声をあげた。「UEがおそってきたんですよ!? もう少しで、コロニーに穴が開けられていたかもしれないのにっ……! それを、今さら来て法律だなんて……」
 「ドンに逆らう気か!?」取り巻きのMSがマシンガンを向けた。
 「待て」ドンは、取り巻きを制した。「……UEが来たってのは、本当らしいな。ということは、お前はコロニーを守ってくれた“救世主”ってわけだ」あざけるようにいった。
 「――ふざけ」フリットが言い返そうとしたとき、ジラの足元を駆けぬけて、女の子が近寄った。
 「ふざけないで下さい!」エミリーだ。うしろには、キックスケーターにのったデシルもいた。
 「エミリー!? あぶないよ! 港に逃げろって言ったのに……」
 エミリーは、ガンダムのまえに立ちふさがった。大きな伸びのある声でいった。
 「フリットが街を守ったんじゃない! UEの攻撃で、みんな死ぬかもしれなかった! あなたたち大人が、くだらない戦争なんかしているからっ!」
 「なんだ? こいつらは……」ドンがいった。
 「エミリーは――女の子は、僕と同じディーヴァのクルーです。うしろにいるデシルは、このコロニーで会いました」フリットは答えた。
 「……面倒だ。話は屋敷で聞く。おい! こいつらを連れて行け!」
 「イエス! ドン!」まわりのジラが声をそろえた。
 「ちょっと待ってください! エミリーとデシルは、関係ないでしょ!」
 「ふん! 街なかでガキにMSを乗り回されて、お咎めなしじゃあ、ザラムの法がすたるのよ。いいから、しょっぴけ!」
 「平気よ、フリット」エミリーが見あげながらいった。「こんな人たちに、負けないから!」
 「ボクも行くよ」デシルがいった。相変わらず、緊張感のない声だった。
 そのとき、1体のMSが走って近づいた。スピーカーから大きな声を発した。
 「おおい! 待ってくれ! そこのMS!」ラーガンの声だ。MSはジェノアスだった。
 「連邦軍、戦艦ディーヴァ所属、MS隊隊長のラーガン・ドレイスだ。待ってくれ、ザラムの首領。ガンダムは、うちの所属なんだ」フリットのほうを向いた。「今、艦長に連絡した。連邦の行政官に話をつけてもらう」向き直るといった。「ザラムの法に反したのはすまなかった。だが、こちらにも都合があるんだ」
 「けっ! その言葉、連邦に、そっくりそのまま返してやるよ!」ドンは、さきほどよりも不機嫌そうにいった。「いいからはやく、その白いMSとガキどもを屋敷に連行しろ!」
 取り巻きのジラが、ガンダムの両腕を左右から押さえた。
 「お、おい!」ラーガンはあせった。
 「いいんだ、ラーガン」フリットはいった。「ことを大きくしたくないし。事情を説明して、ガンダムだけでもディーヴァに移してもらえるように言ってみるよ」
 「わかった。こちらも、すぐに人を向かわせるからな」
 「エミリー! デシル!」
 ガンダムは、ゆっくりとしゃがみ込んだ。エミリーとデシルを右手のひら乗せると立ち上がった。取り巻くザラム兵のMSとともに、ドンのあとに続いた。
 戦いのあとの街なかで、ビルをおおうコンクリートの壁がしずかに降りていった。


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